「なぜ宗門が御本尊を下付しないのか」をまず知ることが大切です。日蓮正宗は、正しく信仰する人々に対しては、いかなる人であっても御本尊を下付してきました。これは創価学会に対しても同様です。ところが学会は、次第に正宗信徒の道から外れ、仏法僧の三宝を破壊する大謗法団体と化してしまったのです。
換言すれば、本宗の信徒団体としての資格を自ら放棄してしまったのですから、御本尊下付の停止は当然の処置です。
ニセ本尊作成の言い訳として「やむをえず作った」との言は、欺瞞(ぎまん)であります。世間でも「憎かったのでやむをえず人を殺めた」「欲しかったのでやむをえず物を盗んだ」等々の論理は通用しません。「やむをえず」を冠せば、何をしても許されるわけではないのです。
ましてや峻厳たる仏法において、自らの大謗法を棚上げし、「仕方がないから我々で本尊を作った」などという傲慢極まりない言い分に道理があるか否か、その答えは明白です。ですからこの言は、あたかも加害者が被害者を装うような、欺瞞の論法でしかありません。
そもそも「やむをえず」と言うならば、同様の屁理屈をもって池田教自前の本尊を作り、いくらでも独自路線を企てればよいはずです。
敢えてそれをせず、総本山第26世日寛上人書写の御本尊に手を加えて複製して、会員を誑かしているのです。こうした学会の狡猾な姿こそ指弾すべきです。