50問50答集

10 御書には「お題目を唱える者は皆、仏だ」と書いてある。だから池田センセーも仏だといって何が悪いのか

創価学会では、池田本仏論の大謗法を指摘されると、「大聖人は『法華経を持つ者は必ず皆仏なり」(全集1382頁)』と仰せである。一切衆生が仏界をもっており、その上、お題目を唱えている者は全て仏なんだから、池田センセーも仏でよいではないか!」などという詭弁で言い逃れようとします。

しかし、池田本仏論の証拠ともいうべき数多の文言は、“会長も一切衆生の一人として仏”などというものではなく、“一切衆生の中でも、会長こそ、他から絶対的に尊信されるべき仏”という意味に他なりません。その証左が以下の池田創価学会の指導です。

「今日本を、そして世界を守る池田先生のみ、現在において主徳を備えていらっしゃる。(中略)私たちの師匠池田先生のみ師徳兼備でいらっしゃる。(中略)われわれ学会員の幸せを祈ってくださる池田先生こそ親徳具備でいらっしゃる」(『大白蓮華』昭和41年2月号)

「まさしく、現代における〝人〟への帰命とは師匠への帰命であり、池田会長への帰命となる」(『ひのくに』昭和50年第10号)

他にも、学会が池田を仏と立てる証拠はいくらでも挙げられます。これはまさしく学会が“一切衆生の一人として会長を仏とした”のではなく、池田大作を信仰の対象たる「本仏」と仰いできた事実を示すものであります。