50問50答集

25 塔婆供養は必要ない

創価学会の教学試験テキストでは
僧侶による葬儀、法要、戒名、塔婆などの化儀は、金儲けの道具であると非難し、成仏とは関係のないもので不要としています。

それは、大聖人が葬儀の導師をされた記録は無く、生前に法名の授与はあっても、死後に戒名を授けた例もない。また塔婆供養についても、 大聖人が塔婆を立てて追善供養されたこともないと言います。なぜ、そういえるかといえば、〝御書にそのような記録が一切載っていないから〟というのです。

大聖人が葬儀をされた、塔婆供養をされたという記録は残っていませんが、だからといって、僧侶による葬儀や塔婆供養が不要だ、などと一言も言われていません。むしろ、大聖人は塔婆の功徳と意義を明確に説かれており、その御教示に随って塔婆供養をすることは当然のことであります。

(※問27『大聖人の時代には僧侶による葬儀はなく、戒名もなかった』へリンク)

塔婆供養については、『草木成仏ロ決』の
「有情は生の成仏、非情は死の成仏、生死の成仏と云ふが有情•非情の成仏の事なり。其の故は、我等衆生死する時塔婆を立て開眼供養するは、死の成仏にして草木成仏なり」(御書523頁)
の御文と、

『中興入道御消息』の
「去(みまか) りぬる幼子のむすめ御前の十三年に、 丈六のそとばをたてゝ、其の面に南無妙法蓮華経の七字を顕はしてをはしませば、北風吹けば南海のいろくづ(魚族)、其の風にあたりて大海の苦をはなれ、東風(こち)きたれば西山の鳥鹿(ちょうろく)其の風を身にふれて畜生道をまぬかれて都率(とそつ)の内院に生まれん。 況んやかのそとばに随喜をなし、手をふれ眼に見まいらせ候人類をや。過去の父母も彼のそとばの功徳によりて、天の日月の如く浄士をてらし、孝養の人並びに妻子は現世には寿(いのち)を百二十年持ちて、後生には父母とともに霊山浄土にまいり給はん事、水すめば月うつり、つゝ”み(鼓)をうてはひゝ” (響) きのあるがごとしとをぼしめし候へ等云云。此より後々の御そとばにも法華経の題日を顕はし給へ」(御書1434頁)
と、塔婆供養の功徳の大きさを明確に御教示されています。

創価学会では、〝大聖人が塔婆供養について言及された御書が、この二編だけである〟(『教宣ハンドブック』54P)などと指導していますが、御書における言及数で教えを取捨選択するのは、まことに不遜きわまりない考え方であります。

これらの御文を拝した時、大聖人は葬儀、戒名、塔婆供養をされていた、と捉える方が普通ではないでしょうか。逆に、塔婆を否定されている、と捉える方が不自然でありましょう。

かつては創価学会では、
「塔婆供養の原理についていえば、人が死ぬと宇宙の生命に溶けこみます。色心の二法であるゆえに、この生命を塔婆という体を作って供養すれば、聞いた題目が生命に感じて業がうすくなり、苦悩を少なくしうるのです。」(戸田城聖全集2ー176)
と指導していました。

この第二代戸田会長の指導は間違いだったのでしょうか。もしそうであるならば、「戸田会長は間違った指導をしていた」と、はっきりと会員に知らせた上で塔婆無用論を言うべきでしよう。