「学会で信心していて、昔、功徳で救われた体験がある。だから、学会に恩がある」ということを言われる方がいますが、それは違います。
創価学会に功徳があったのではなく、(日蓮正宗から破門される以前の創価学会は)本門戒壇の大御本尊様とつながっていたから功徳を頂戴できたのです。
これを創価学会では、「学会に恩がある」とか「センセーのおかげ」と会員に信じ込ませてきました。
「私を中心にして御本尊を信ずることによってこそ(中略)幸福境涯を確立することができるのです」(『前進』昭和42年2月号)
「私は、何も言わなくてもみな見えているよ。とても敏感なんだ。(中略)私は言ってあげて、罪業を切ってあげているのだ」(『前進』昭和41年1月号)
「皆さん方に題目を送ります。皆さん方もしっかり題目をあげてほしい。送信機がいくら立派でも、受信機が壊れていてはだめだ」(『前進』昭和44年10月号)
このように、池田大作自ら会内に浸透させていったのです。
そして、創価学会ではついに
「弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません」(『聖教新聞』平成26年11月8日付)
と発表し、本門戒壇の大御本尊までも否定してしまいました。そのような大謗法団体にいる今の生活に、功徳があるでしょうか。「学会の座談会では、功徳の体験談が聞けなくなった」と言われています。本当に功徳を得て幸せになりたければ、本門戒壇の大御本尊のもとへ帰伏する以外にありません。