創価学会では、
尊信の対象としての僧宝は、日寛上人が「久遠元初の僧宝とは即ち是れ開山上人なり」(『当流行事抄』)と仰せのように、あくまで日興上人ただお一人である。(『新・教宣ハンドブック』H16.11.28)
としていますが、いったい『当流行事抄』のどこに「尊信の対象としての僧宝」と書かれているのでしょうか。
学会は”御書根本”と言いながら、こと三宝論については日寛上人の『当流行事抄』のみを振り回しています。日寛上人を正師と仰ぐのであれば、『三宝抄』『当家三衣抄』『文段』等も合わせて考慮し、整合性のある解釈をするべきでありましょう。
学会が依文としている『当流行事抄』の後に続く、『当家三依抄』では、
「南無僧とは、若し当流の意は(中略)南無本門弘通の大導師、末法万年の総貫首(そうかんず)、開山・付法・南無日興上人師。南無一閻浮提の座主、伝法・日目上人師。嫡々付法歴代の諸師。此の如き三宝を一心に之を念じて」(同 225頁)
と示されています。
このように両文の御指南があるのに、学会は前文だけを挙げ、後者の義には触れていません。この姿こそ不真実の証明であります。
この両文の御正意を拝してみますと、日寛上人は『三宝抄』において、
「所謂僧宝とは日興上人を首と為す。是則ち秘法伝授の御弟子なる故なり」(歴全四巻三八五頁)
「爾来日目日道代々咸(ことごと)く是れ僧宝なり」(同 三九〇頁)
と示され、明らかに御歴代上人も僧宝であると御指南されています。
これらの御指南を拝した時、『当流行事抄』『当家三依抄』の御文の「どちらが正しいか」ではなく、この「両義が正しい」というのが、宗門古来の僧宝義であり、むしろ、僧宝を日興上人お一人に限ろうとする方が不自然といえるのではないでしょうか。
『四恩抄』には
「仏宝・法宝は必ず僧によりて住す。譬(たと)へは薪(たきぎ)なければ火無く、大地無ければ草木生ずべからず。仏法有りといへども僧有りて習ひ伝へずんば、正法・像法二千年過ぎて末法へも伝はるべからず」(御書268頁)
また、日寛上人の『当流行事抄』には
と仰せです。
すなわち、仏宝・法宝は三世常住である、といっても、僧宝があってはじめて世に久住し、万年の衆生を済度せられるのです。
学会が主張するごとく、「僧宝は日興上人のみ」とするならば、前(さき)の『当流行事抄』に「之れを伝えずんば則ち末代今時の我等衆生、曷ぞ此の大法を信受することを得んや」と仰せのとおり、日興上人が御遷化された時点で、仏法は断絶して、後世に伝わらなくなってしまうことになるではありませんか。
したがって道理の指し示すところ、日興上人を随一として、已下の御歴代上人方すべてが僧宝にあたることは、申すまでもありません。最後に、創価学会は、かつてどのように指導していたかを見てみたいと思います。
正法を正しく継承伝持あそばされた血脈付法の日興上人を随一として、歴代の御法主上人、広くは、御法主上人の法類である御僧侶の方々が僧宝なのです。
大聖人が「仏宝法宝は必ず僧によりて住す」と仰せのように、仏恩も法恩も広大であり、甚深でありますが、その仏法を正しく伝持してこられた方々がいなかったならは、現在の私たちに、御本尊を受持して、希望と確信に満ちた人生はありえないのです。
僧宝がいかに尊く大事な存在であるかを知り、尊敬と感謝と報恩の信心をもって御僧侶を敬い、僧俗和合の姿で広宣流布に邁進していくことが肝要です。
この末法の三宝を正しく信受していくことが、真の信仰であり、それ以外の三宝に執着することは謗法となるのです。
(『大白蓮華』昭和54年11月号・「教学教典」)
ご覧のとおり、「僧宝は御歴代上人」とし、「創価学会を僧宝と称してはならない」「日蓮正宗以外の三宝に執着することは謗法」と、明確に言い切っていたではありませんか。この変遷の激しさを見れば、創価学会の僧宝観がいかにいい加減で、でたらめであるかが理解できましょう。