50問50答集

6 大聖人の仏法は全て御書に明かされている。学会は「御書根本」で実践しているから正しい

創価学会でいう「御書根本」とは、相伝によらず、自分達の都合のよいように勝手に解釈するためのものにすぎません。
日蓮大聖人は、『一代聖教大意』に
「此の経は相伝に有らざれば知り難し」(新編92頁)
と仰せです。

また日興上人も、
「当門流に於ては御抄を心肝に染め極理を師伝して」(『日興遺誡置文』)
と仰せのように、御書の正確な理解を得るためには、深遠で難解な御書の内容について、極理を「師伝」あそばされる御歴代の御法主上人猊下の御指南を仰ぐことが不可欠なのです。

かつて池田大作は、
「日蓮大聖人の御書を拝するにあたっては、あくまでも御法主日顕上人猊下の御説法を中心として、よくよく拝していかなければならない。」(『広布と人生を語る』1巻)
と、御歴代の御法主上人猊下の御指南を仰いで御書を拝するよう指導していました。

創価学会が唯授一人血脈付法の御法主上人を誹謗し、否定している現在では、いくら「御書根本」と主張してみても、それが相伝によらないものである以上、御書を正しく拝することはできないのであります。